女王陛下の二十日間戦争…の予告編っぽいもの

女王ローザと、その直属軍の迷子事件は、もはや笑い話では済まない状況になりつつあった。
 
「あのおてんばめ!要するにわざとやっているのではないか!」

 北端の城塞カーライルで足止めを受けていた第六騎士団長トリストラム卿は、ランカスターからの飛報を一読するや、激しく毒づいた。
 急報をもたらした騎士は、唖然として上長を見つめた。ご存じのように、トリストラム卿はブリタニアで最も典雅と讃えられる貴公子である。
 
「……ベルガの軍師殿は、どう動かれましたか」

 鋭い目のまま、しかし口調は平静を取り戻して、トリストラム卿は急使に訊ねた。

「アルヴァレス卿は、陛下が出奔遊ばしたのは自身の咎である、とひどく悔いられ、直ちに一隊を率いて、後を逐い慕われました」

 聞くや、トリストラムは吐き捨てた。「どいつもこいつも!」

 またしても騎士は目を見張らなければならなかった。くどいようだが、トリストラム卿は、この当時から詩に謳われる程の風雅士みやびおのはずなのである。
 トリストラム卿は、いらだちを抑えるように口髭をひねると、急使を慇懃に労い、そのまま傍らの従士に、麾下の旗騎士らを呼びにやらせた。
 彼は、このカンブリア地方一帯を総監する軍事責任者であり、消息を絶ったという女王と1000人の兵士ら、ついでにアルヴァレス卿を、首根っこを捕まえてでも引きずり戻さなければならなかった。
 しかし、である。
 現実問題として、トリストラム卿は城を離れ難い状況にあった。
 国祖たる大アルトリウスが築きたもうた長大な防衛線、いわゆるアルトリウスの壁とよばれる長城は、いま遥か眼下にひしめき合っているスコッチ戦士やデイン入植民の攻撃程度では、小揺るぎもしないであろう。
 だが、それは北からの来寇に対してのみであって、南から同時に攻撃されることまでは、さすがに想定されていなかった。
 トリストラム卿と、彼の騎士たちの大半が長城を離れるや否や、帝国第三陣の残存戦力は、デインの攻撃と呼応して南からカーライルを攻撃するに違いなかった。
 幾千里も隔てた玉座の上から、フランドル皇帝が次々と打ち出す老獪な外交は、遥かブリタニア北端の、この聡明な騎士団長の足首を鷲掴みにしている状況であった。

 
 同時刻、ランカスター城の南西地点で、アルヴァレス卿は赫怒していた。
 女王の率いる迷子軍の速度が、明らかに計画的で、統制の取れたものである事を、ようやく把握したからであった。

「わざとなのか!わざとやっているのか!」

 アルヴァレス卿は、怒鳴る相手がいないので、傍らの従士エクスワイヤへ声を荒げた。
 急に怒鳴られた騎士見習いの少女は、強い眼差しでベルガの亡命者を見据えた。

「我らが女王は、窮地にある同胞を決してお見捨にならない」

 つまり、トリストラム卿とアルヴァレス卿が、揃って他方面への出兵を諫め、カンブリア一帯の鎮撫に専念すべしと軍の方針を定めた評定の夜から――女王ローザは、中南部でなお悲鳴を上げている多くのブリタニア人と、各所で寸断され孤立している他軍団を救う思案を重ねていたに違いなかった。
 彼女は、いわば味方を見殺しにする己に我慢できなかったのだろう。

「その結果が、つまりはこれか」

 アルヴァレス卿は、口元を歪めて小さく笑った。あの妙齢としわかい女王は、黙って座している限りは、なかなか雄敏大略のある人物なのだが、自分のあたまで何かを考えて動くとなると、とたんに周囲を散々に振り回す騒動屋になるらしかった。
 主戦派と慎重派が帷幄の内で対立するのは、何処の国でも同じだが、百戦錬磨の壮年の騎士どもが、若く美しい女王の主戦論に振り回されるとは、滅多にない珍光景である。
  
 ――ブリタニア、フランドルの両軍が次々と主力を投入し、ついにはこの方面の大勢を定めるに至るほどの会戦、後に女王陛下の二十日間戦争などと埒もない章銘で口承されるプレストン市城近郊での奇妙な戦役は、いわば女王のわがままが切っ掛けなのであった。

あとがき?

予告編というか、非常に長い戦記の一部切り抜きです。

舞台背景としては、

  1. まずアルヴァレスとローザ様がランカスターへ逃げ込んだ直後、帝国軍第三陣の攻囲を受ける。
  2. 軍師としてアベが手助けしたこともあって、二ヶ月で包囲が解かれる。
  3. 逆にトリスたんが出撃して、帝国軍を海岸部まで後退させ、孤立無援だったカーライル城や北端の要塞群と連絡を取り戻す。
  4. しばらく小競り合いが続き、第六騎士団はほぼカンブリア一帯を回復。今後の方針として、このままカンブリアに本拠を据えてじりじり国土回復を図るか、一挙に南へ討って出るかで揉める。
  5. 一応、アベとトリスたんの「オトナの意見」が通り、カンブリアの防御戦略が採用される。→ローザ内心でブチ切れ。
  6. 北方の異民族が大挙して攻め込んできた(キル様の計略)ので、トリスたんが防戦の指揮に向かう
  7. その隙に、ローザは自軍を率い、迷子になったフリをして勝手に南へ軍を進めてしまう…
  8. アベ「な なんだってー!>Ω」

とまあ、こんな感じです(;´Д`)
ローザ様は、実は天然のトラブルメーカーだったわけですな。